レイモンド・スコットの即興的なパフォーマンス兼作曲マシン「エレクトロニウム」の再現
レイモンド・スコットはアメリカのバンドリーダー、ピアニスト、エンジニア、発明家であり、電子音楽、電子楽器のパイオニア。レーコード会社Motownの電子音楽R&Dのディレクターを1971年から1977年まで務めたほか、彼が1930年代後半に制作したジャズのメロディはWarner Brosのアニメにも使われています。シーケンサーを初めて作った人物でもあり、電子音楽、アンビエントミュージックの父といった存在です。
スコットのあらゆる発明、スキル、夢といったものが集結したのがElectronium。発表当初Electoroniumはシーケンスされたメロディフレーズに対して音楽を生成可能な即興的なパフォーマンス兼作曲マシンとして受け入れられました。しかし1987年、それまで11年の年月、そしてMotownからの資金100万ドル近くをかけていたこのマシンの開発は、スコットが深刻な脳卒中を起こしたことで中断することとなります。
スズキユウリは、スコットの発明、音楽、そして型破りなアプローチに長年深い共感を抱いており、Electoroniumを現代のAI(人工知能)を使い、カウンターポイント(対位法:複数の全く異なる旋律とそれらが作る和音の調和を重視した作曲技法)のソフトウェアでの実現に挑戦しました。
現存するElectoroniumの現在の所有者であるDevoのMark Mothersbaughとスコットの遺族からの許可、そして日本の文化庁のサポートを得て実現したのがこのプロジェクトです。
実現には内部の仕組みを解読することが不可欠でしたが、それには大きな困難がともないました。スコットはアイデアを盗まれることを恐れ、発明の詳細を記録に残していなかったからです。中身のケーブルパーツも他のプロジェクト用に抜かれてしまっており、レコーディングだけが残されている状態でした。
幸運なことに、最近発見された回路図、メモ、信号フローといったものを手に入れることができ、スコットの発明の背景にある方法論の手がかりとなりました。数週間後にはこのマシンがどれだけ複雑に組まれたものか概要がわかることとなり、それをソフトウェア、そしてAIとして実装できるプログラマーを探すところまでこぎつけました。
「実用に関係ない機能は省きつつも、なるべくその姿は忠実に再現しました。」「オリジナルのデザインのままでは、ユーザーはどのシーケンス部分なのかを把握できないため、一つレイヤーを増やしてパーツ同士がどのように関係しているのかわかりやすいようにしました。」(スズキ談)
AI部分のプログラミングに起用されたのは人工知能を専門とするクリエイティブスタジオCounterpoint。Google MagentaのAIソフトウェアを使い、J.S.バッハのコラールを使って対位法の声を学習させたディープラーニングコードとニュートラルネットワークを利用しながら、新たなシチュエーションに適用できるように設計。このバロック的な要素は、Electroniumのポップなメジャーコードと合わさって、一癖ある効果を生み出しています。
人間と機械のクリエイティビティのユニークな融合とも言えるElectroniumは、作曲のツールとしてじっくり取り組みたいユーザーにとって大きな可能性を秘めていると言えるでしょう。生成機能はクリエイティビティ、そして対位法機能はユーザーのアイデアを発展させる手助けとなります。
初心者にはAIを使って簡単にまず何か作ってみることができるように、チュートリアルも用意しました。
設計されたのは1959年でありながら、このマシンは本物らしさ、クリエイティビティの本質、人間と機械の関係性など、現代さらにその深みを増しているテーマを問いかけます。このプロジェクトがAI、そして私たちの生活のあらゆる面で実用化されるAIの価値の議論に貢献するものであることを望んでいます。
Special thanks: Raymond Scott’s heirs and advisory team, Mark Mothersbaugh, Jack Hertz, Oscar Arce, Adam Cheong-MacLeod, Gabriel Vergara II.
Supported by: the Agency of Cultural Affairs Japan (文化庁) 、Pentagram Design.
本作はロンドンBarbican Centre 「AI: More Than Human」 展(2019年5月16日ー8月26日)にて展示されました。
音源リンク:
https://soundcloud.com/pentagramdesign/sets/yuri-suzukis-electronium